民族風采-原住民部落地区

民族風采

九族文化村1986年に創立、長い歴史を持ち、台湾創意文化観光の先駆けである。 園区は62ヘクタールを占めています、台湾各大原住民族群の文化、例えば、建築、技芸、祭典、舞踏、実体験の環境を経て、本当の人間により展示、生動活発に貴方の前で表す。 九族文化村原住民部落は青山の懐にあります、台湾で最大な原住民屋外博物館、百年余り前の台湾原住民各族の伝統住宅建築文化を保留して、それに加えて自然生態の豊富さは教育学習の最も 最適な場所ともいえます。 九族文化村の創立人張栄義さんは台湾原住民文化を保存する為、観光事 業を発展して、亡くなられた先祖の張達京を記念して、豊原の事業を開発した。台湾原住民文化の貴重は全て九族文化村に少しずつ大事に保存されて、 皆様にこの時代の中で消えつつある民族文化の貴重な宝をお見せする事が出来ます。 九族文化村山地の伝統住宅の拠り所は当初の日本学者千岩助太郎博士の研究調査資料によって重視した物です。

九族文化村へ行くと、足取りをゆっくりと森林歩道に沿って、村一つ一つへ行 って部落を訪問する、古い建物を見て、部落の老人とお喋りして、部落の中の設計活動を体験する、貴方には違った感覚を与える事が出来ます。

台湾先住民紹介 - タオ族(達悟族)

ヤミ族(雅美族)とも呼びます。人口は約3,000人余りです。タオ族は台湾の台東県の沖にある蘭嶼島に住んでいます。集落の多くは山を背にして海に面して築かれており、多くは半穴居の地下住居という特殊な景観を呈していますが、台風の季節の風害に抵抗することができます。タオ族は台湾原住民の中で唯一の海洋性民族であり、また台湾の各先住民族の中で唯一首狩りの風習が無かった最も平和的な民族でもあります。

台湾先住民紹介 - アミ族(阿美族)

アミ族は台湾最大の先住民族です。主に花蓮、台東に約17万人余りが住んでいます。伝統的なアミ族は典型的な母系社会ですが、全ての公の物事と重要な祭典は全て男性が中心になって行われます。また、男性の年齢によって階級があり、厳密な集落組織が形成されています。

台湾先住民紹介 - タイヤル族(泰雅族)

埔里以北の山地に住み、中央山脈と雪山山脈の平均海抜500メートルから2,500メートルの間の広い地域をその伝統的な居住地域としています。タイヤル族は祖霊「utux」を畏れ敬い、祖訓「gaga」を崇敬する民族です。昔、タイヤル族には男性は戦いに強く女子は織物が上手だということを示す、顔に紋様の刺青をする習慣がありました。タイヤル族の男性は竹で編んだ器、網作りの技に優れ、女性は織物に習熟しています。口琴舞はタイヤル族の特色を最もよく備えた踊りです。

台湾先住民紹介 - サイシャット族(賽夏族)

主に新竹県と苗栗県の境界の山地に住んでいます。伝統の矮霊祭(Pas-ta'ai)はサイシャット族の特殊で神秘的な祭りです。二年に一度小祭が行われ、十年ごとに一度大祭が行われています。サイシャット族は約5千5百人余りがおり、父系社会で地域とトーテム氏族が社会組織の基本構成単位となっています。また動物、植物または自然現象を氏族の名称と名前にしています。

台湾先住民紹介 - ツオウ族(鄒族)

早期の文献では曹族と呼ばれていました。ツオウ族の人口は約6千4百人余りで、主に阿里山山脈縦谷一帯に住んでおり、南ツオウ群と北ツオウ群に分けられます。ツオウ族の集会所は庫巴(kuba)と呼ばれ、社会組織の中心であり、集落の重要な会議や祭典は全てここで行われます。中でも戦祭りは「Mayasvi凱旋祭」とも呼ばれ、全ツオウ族集落の祭典です。この祭りは庫巴の前の赤ガジュマルの神木の下で行われます。このため、その赤ガジュマルの樹は神木とされ、普段触ることは禁止されています。

台湾先住民紹介 - ブヌン族(布農族)

台湾中南部の山地、海抜1,500メートル以上の高山に住む典型的な高山民族です。社会組織は父系大家族が主で、現在人口は約4万8千人余りとなっています。ブヌン族の粟の豊作を祈る歌(Pasibutbut)は「八部和音唱法」で世界でも有名です。ブヌン族は太陰暦を使用し、縄の結び目で日付を記録します。月ごとの祭儀は月の満ち欠けに基づいて行われます。

台湾先住民紹介 - プユマ族(卑南族)

プユマ族は主に台東市と卑南郷に住み、人口は約一万人余りです。プユマ族は漢人化と農耕技術を比較的早い年代に受け入れています。社会組織の上では、アミ族と同じ年齢による階層があり、パイワン族と似た頭目制度があります。プユマ族には「花輪の民」の美名もあります。伝統的なプユマ族は母系制度で、男性は年齢階級によって組織されることを主としています。青少年集会所(Trakuban)はスパルタ式年長者制度の教育訓練所です。長老集会所palakwanは集落の意思決定を行う所となっています。

台湾先住民紹介 - ルカイ族(魯凱族)

ルカイ族の人口は現在約1万人余りで、中央山脈南の両側の山地に住んでいます。その社会組織は一種の社会階層制度で、その階級は頭目、貴族、戦士、平民の四階級に分かれており、長男がその跡を継ぎます。ルカイ族は原始芸術において非常に優れ、細かく精緻な表現を行います。特に女性の織物、男性の木彫りに顕著です。

台湾先住民紹介 - パイワン族(排湾族)

パイワン族のルーツは北大武山です。現在その多くは台湾南部の海抜1,000メートル以下の山地に住んでおり、人口は約8万2千人余りです。社会階層制度はルカイ族と同様ですが、両性の権利は平等で男女の別は無く、長子であれば家を継ぐことができる社会です。ルカイ族と同様に百歩蛇を特別に崇敬しており、その蛇を祖霊の守護神と見なしています。多くの彫刻、服飾または器や皿などにその図柄を見ることができます。

台湾先住民紹介 - サオ族(邵族)

日月潭湖畔に住むサオ族は人口わずか約600人余りと台湾で最も少ない先住民族です。学術的にはこれまでツオウ族の支族とされてきましたが、2001年にようやく独立した先住民族として認められました。祖霊信仰がサオ族の信仰の中心です。家々には祖霊の籠ulalaluanを祀るのがサオ族特有の風習です。祖霊祭の祭司(先生媽)は全て女性であり、祭典と祖霊とのコミュニケーションを専門に担当し、大変尊敬されています。

台湾先住民紹介 - クバラン族(噶瑪蘭族)

クバラン族は台湾の平埔族の中で漢人化が最も遅れた支族の一つです。2002年11月行政院によって台湾先住民の第十一族に認定されました。漢人が大挙して入植する前はクバラン族は蘭陽平原で活動する主要民族でしたが、漢人との土地争いの影響を受け、一部のクバラン人は1840年頃から続々と南下していきました。花蓮・台東海岸沿い一帯に移住し、花蓮平野北部に加礼苑集落を形成しました。

台湾先住民紹介 - タロコ族(太魯閣族)

タロコ族は南投の静観集落に住んでいましたが、17世紀に中央山脈を越えて花蓮県和平渓の南、紅葉と太平渓より北の地域に移り住んできました。現在の人口数は約2万人余りとなっています。言語、風習、文化的特徴によってこれまで文化人類学者はタロコ族をタイヤル族のセデック族下のグループと分類してきましたが、2004年1月に台湾の第12番目の先住民として独立することが政府によって発表されました。

台湾先住民紹介 - サキザヤ族(撒奇莱雅族)

サキザヤ族は花蓮の奇莱平野に住んでいます。1878年クバラン族と共に「加礼宛事件」に参加して清朝の軍に抵抗しましたが、後に報復を避けるためサキザヤ族は四散してしまいました。百年も名前の無い先住民族として、これまでアミ族と見られていました。2007年にようやく正しい名を得て、政府より第13の先住民族として認められました。人口は約一万人余りいます。

台湾先住民紹介 - セデック族(賽徳克族)

セデック族は長い間タイヤル族の二大支族の一つとされてきましたが、2008年4月にタイヤル族から独立し、正式に台湾政府が認める第14の先住民族となりました。その文化風習はタイヤル族と似ているのですが、両民族の言葉には大変大きな違いがあります。セデック族は中央山脈を隔てて南投、花蓮の高山地帯に住み、その人口は約6,000人余りです。霧社事件はセデック族に起きた著名な歴史的事件です。

台湾先住民紹介 - 平埔族

文化人類学者は台湾原住民を高山族と平埔族の2つに分類しています。高山族とは広く山に住むものを指し、その言語と文化を保存しているグループで、平埔族とは平地に住み、漢人と早期に接触してその固有の言語と文化を失ったグループを指します。 平埔族は台湾西部にすむグループで、日本の学者はクバラン族、ケタガラン族、ルイラン族、タオカス族、パポラ族、パゼッへ族、バブザ族、ホアニヤ族、シラヤ族、サオ族等に分類しています。